造化の妙に世俗忘れる
奇岩奇峰と春夏秋冬、色鮮やかな自然美を見せる深耶馬溪は「名勝耶馬溪」の代表的な景勝地だ。色鮮やかな錦もみじの紅葉を楽しめる10月下旬から11月中旬までは、多くの観光客でにぎわう。

耶馬溪と聞くと、山水画に描かれる中国の景勝地が思い浮かぶが、地名の由来を知ればそれも納得する。文政元年(1818年)、当時「山国谷」と言われていた、現在の中津市耶馬溪町柿坂地区を訪れた儒学者・頼山陽は、雄大な山々や渓谷に魅せられて「やま」に中国風の文字を宛て「耶馬溪山天下無」と漢詩に詠んだことから、この地名が起こったという。

深耶馬溪に「一目八景」と呼ばれる展望台がある。そこから目にする自然が描く山水絵巻は息をのむほど美しい。今では、大分駅から深耶馬溪までは車で1時間ちょっと、中津駅からはもっと近いが、頼山陽は深耶馬溪は訪れていない。それほどの秘境だったのだ。
本・深・奥・裏など八つの地区に分かれる耶馬溪が日本遺産に認定されたのは平成29年(2017年)。そこには「66景」もあり、どこへ行っても驚嘆の連続だが、奇岩奇峰や洞穴など特異な地形に囲まれると、造化の妙に世俗を忘れる。

大分市から車で深耶馬溪に向かうため、大分自動車道・玖珠ICで降りると、大きな赤鬼像が目に飛び込んできた。近くの道の駅「童話の里くす」前では、「桃太郎」のオブジェが迎えてくれた。童話の里と称するのは、玖珠町が「日本のアンデルセン」と呼ばれる童話作家、久留島武彦(明治7年生まれ)ゆかりの地だからだ。

同町に豊後森駅が開業したのは昭和初期。これによって耶馬溪の新たな玄関口ができ、中津側だけでなく玖珠側からも回遊できるようになった。駅に隣接し、今は公園として整備されている旧豊後森機関庫は、かつてはSLなどを格納していた九州でただ一つの扇型機関庫だった。

「慈恩の滝」を見た後、国道28号線を北上し、菊池寛の小説「恩讐の彼方に」で知られる「青の洞門」を目指した。途中、日本一小さな城下町・森町の町並み、耶馬三橋の一つ馬渓橋、そして岩洞山久福寺観音堂に寄る。岩窟寺院「羅漢寺」に登り祈りの世界を味わいたかったが、時間がない。それでも、禅海和尚がノミと鎚だけで30年かけて掘り上げた青の洞門に足を踏み入れると、岩をも貫く信念の強さが伝わってきた。耶馬溪はどこまでも奥深い。

