左からダグラス・マッカーサー、ジェームズ・マジソン(中上)、ジョン・ロック(中下)、トーマス・ジェファーソン(右)(Wikipediaより)

「信教の自由」形成史―日本では国家と宗教がどう関わってきたか?(下)

戦後、崇高な理念を掘り下げず

宗教ジャーナリスト 石井康博

 太平洋戦争での敗戦後、占領統治を主導した連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)は昭和20年(1945年)10月4日、日本政府に宛て「政治的、公民的及び宗教的自由に対する制限の除去の件」と題する覚書を発表した。戦前と戦時、国家が宗教を弾圧した歴史を辿たどった日本において、GHQは信教の自由を要求した。加えて12月15日に発した覚書で、政教分離の徹底も追及し、これらを受け日本政府は同28日、宗教法人令を勅令として公布施行した。国の意向に従う宗教活動を求めた「宗教団体法」(1940年施行)は廃止、これによって、大おおもと本や創価教育学会など、弾圧されていた宗教団体も再び自由に活動できるようになった。

ダグラス・マッカーサー(1880─1964)連合国軍最高司令官
ダグラス・マッカーサー(1880─1964)連合国軍最高司令官(Wikipediaより)

 こうした経緯を辿たどり、日本における国家と宗教の関係、そして信教の自由の実情について考察する。

 日本国憲法が昭和22年(1947年)5月3日に施行されると、信教の自由が本格的に保障される素地が敷かれた。憲法第20条は「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する」と謳うたい、また政教分離も明確に定めた。これに基づき昭和26年(1951年)、宗教法人法が制定された。同法は宗教団体が法人格を取得し、合法的に宗教活動を行う枠組みを提供するもの。法人格取得には一定の手続きを踏む必要があり、これを経た登記の暁には法的保護が受けられるようになった。法人は財産を管理し、信者の利益のために活動する一方で、税制上の優遇措置を受けることができる。この法律により、戦時に特徴的であった宗教団体法による宗教統制は一掃され、信教の自由が実質的に整備された。

 以降、今日まで73年がたつ。では、法律上で保障されることになった信教の自由が、その意義と併せて今日までどの程度、国民の十分な理解へと落とし込まれてきたのだろうか。・・・《続く》

Back To Top