戦前と戦時、国家が宗教を弾圧した
宗教ジャーナリスト 石井康博
「信教の自由」は、個人が信仰を自由に選んで実践する基本的人権であり、今日、日本では憲法により保障されている。しかし、日本でこれが確立されるまで、国家と宗教が複雑に絡み合う歴史があった。飛鳥時代から戦国時代にかけて宗教は国の安定を支える役割を担ったが、江戸時代には統治の手段として位置付けられ、明治期には神道が国民統合の象徴とされた。そして戦時中には特定の宗教が弾圧されるなど、信教の自由には多くの試練が重ねられてきた。
こうした経緯を辿たどり、日本における国家と宗教の関係、そして信教の自由の実情について考察する。
● 国の安定を支えた宗教

─飛鳥時代から戦国時代
飛鳥時代に仏教が日本に伝来すると、聖徳太子は仏教を統治の理念の柱とした。そして推古天皇治世の604年には、そのことを踏まえた十七条憲法を制定する。日本初の憲法であり、法的な規範というより、貴族や官僚が従うべき道徳や行動規範を示したものであった。その第2条には「篤く三宝を敬え」(仏教の三宝である仏・法・僧を敬うこと)と明記されており、仏教が国の安定と秩序に寄与すると考え、また、倫理的基盤としても機能した。
奈良時代に入ると、仏教や神道が国家宗教として扱われ、宗教行為や祭祀が国家の秩序維持に重要な役割を果たすようになった。藤原不比等により編纂され、757年に施行された養老律令では、神じんぎりょう祇令という規定が設けられている。それは神道の儀礼や祭祀を国家が管理するための法規で、国家主導の祭祀が定められている。奈良時代には国家を揺るがすような天災や、疫病、反乱が多発し、聖武天皇は仏教によって国を守る鎮護国家思想で政治を行った。国分寺や国分尼寺が各地に立てられ、大仏が造立された。神仏に祈りを捧げることによって国と民の安定を願ったのである。・・・《続く》
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